こんにちは!新婚Maiです(^^)
今日は愛する両親について書きたいと思います♩(ちなみに、両親は上のイラストのような容貌では全くありません(笑)私に関しても言わずもがな( ´艸`))
私の両親はCGMで御言葉を学び、信仰を持ち、今現在もCGMの教会に通っています。(もちろん、自らの意志で!)
両親共に教会に通っていると言うと、多くのCGMの方に驚かれます。
と言うのも、CGMの方の親御さんの多くはCGMの教会に通っていないからです。
残念ながら、「宗教」とだけで偏見を持たれている親御さんが多く、自分の信仰を打ち明けたとしても反対されたり、最悪の場合、止められる事があります。
それゆえ、そもそも自分の信仰を家族に打ち明けられないCGMの方が多く、CGMの御言葉や教会を声を大にして紹介したいのに出来ない状況があるのです…
私の場合は、御言葉を学び始めた時に聖書を学んでいると母に告げました。幸い、止められる事はありませんでした。
というのも、母は昔教会に行った事があり、教会や聖書を学ぶ事は良い事だと思っていたからです。
聖書を学ぶ事はとても高尚な事ねと、むしろ賛成してくれました。(感謝( ;∀;))
ですが、私が御言葉を学んで帰りが遅くなったり、自室で何かモゴモゴ言っていたり(お祈りしていました^^;)、夜明け前から起きて何かしていたり(明け方に御言葉を聞いていました^^;;)とで、段々心配になり、父は「娘が宗教にハマった」と思ったそうです(^◇^;)
ただ、両親は賢明だった‼︎‼︎(上から目線、お許しをm(__)m)
心配になっても闇雲に反対したり、止めたりはせず、見守ってくれたのです。
そうとも知らず、私はCGMの人達との活動を思いっきり楽しんでいました(⌒-⌒; )
スポーツしたり、御言葉の勉強会に参加したり、と毎日が充実していました。
そして、私は自分の両親もCGMの御言葉を学んで欲しい!と強く思うようになりました。
私がこんなにも今イキイキと過ごしている。だから両親にもそのようになって欲しい!と願ったのです。
その想いは切実になり、当時、お祈り会があると、両親の為にほとんどの時間を費やして祈っていました。
幼少期遊びに連れていってくれた記憶、中高時代、塾が終える遅くまで外で待っていてくれた記憶。
過去の記憶に思いを馳せると、自然に涙が出てきて切実な祈りとなりました。
その祈りを神様が聞いて下さったのでしょう。
ある時、機会が訪れました。私はCGMのイベント(みかん狩り)に両親を誘いました。
そのイベントには結局、父だけ参加するようになりました。
父は参加する前に、イベントの最後には壺が出てくるに違いないと思っていたそうです笑(どこかの宗教が壺を売っているとの噂を聞いていた為かと^_^;)
しかし、最後まで壺も出てこないし(出ませんよ、そりゃあ苦笑)、CGMの人達に直接会ってみて「ここは大丈夫だ」と直感的に思ったそうです。
ネットやマスコミ、人があれこれ言う言葉より、実際に自分の目で見てみなければ分からない。
そう思って、ずっと見守り続けてくれて、でも心配だから自分の目で直接見てみようと、CGMの人達に会おうとしてくれた父。
我が父親ながら、とても賢明な判断だったと思います。(また上から目線、失礼m(__)m)
しかも、そのイベントをきっかけにして、両親も御言葉を学び始めました。
今度、父にも記事を書いて貰おうかなと考えています。
当事者がその時考えていた事を一番リアルに語れると思うので(^○^)
最後に、鄭明析(チョンミョンソク)牧師は、神様に祈る時は「真実」で「切実」な心で祈る事だと教えてくれました。
皆さんも何か真実に願う事があれば、神様に告げてみて下さい。
神様はふさわしければ、そして叶うにふさわしい時であるならば必ず成して下さるに違いありませんよ☆